富良野を語るとき
忘れられない人がいる。
脚本家の倉本聰――
かつて「北の国から」という
ドラマが放送され、
その後は特番として組まれて
20年ほど続きました。
黒板五郎一家の物語――
このドラマは見るたびに
心の中に温かいものが流れ、
目頭を熱くする場面がありました。
ドラマの底辺に流れているのは、
人と人との間に流れる情、
家族の絆だったと思います。

このシリーズでは
多くの名場面を生んできましたが、
キャストにも恵まれました。
とりわけ黒板五郎を演ずる
田中邦衛がいてこそのドラマでした。
実直だが、不器用。
人のため家族のために一生懸命に生きる。
その生きざまがドラマを通して、
深く、切実に、伝わってきました。
このドラマは脇役にも恵まれました。
6年ほど前、
地井武男さんが亡くなりましたが、
彼はドラマの中のある場面について
そのエピソードを語ったことがあります。
このドラマを撮影する直前、
地井さんは奥さんを癌で亡くされた。
ドラマの中でも彼は、
医者から奥さんが癌であることを告げられ、
余命幾許もないことを知る。
自らの体験を再現するように、
妻が癌で余命宣告を受けたことを
五郎さんに告げていましたが、
それは演技を超えた演技、
迫真に迫る演技でした。
彼自身、自らの体験が重なって、
ドラマの中でも
それが蘇ってしまったと言います。

北の国から
/初恋のラストシーンでは、
こんな場面がありました。
息子・純は東京で就職することになり、
旅立ちの朝を迎える。
五郎は東京に向かうトラックの運転手に、
お願いしますと丁寧に頭をさげ、
車が走り出す。
妹は走り去る車を追い、
純は車の窓から大きく手を振る。
そして堪える涙を隠すように、
ウォークマンのスイッチを入れる。
初恋の人との思い出の曲、
尾崎豊の「I LOVE YOU」・・・。
突然、運転車が、
イヤホンを引き抜き、
フロントの封筒をあごで指す。
はっとしてなんのことかと思うと、
しまっとけ、という。
何ですか、と問うと、
金だ――。
いらんっていうのにおやじが置いてった。
いやそれは、と断るが、
いいから記念にとっとけ。
見るとピン札には泥がついていた。
お前のおやじの手についてた泥だろう。
俺は受取れん、お前の宝にしろ。
貴重なピン札だ、一生とっとけ。
純は恐る恐る封筒をとり、
その中から札を抜き出すと
二枚のピン札が出てくる。
ま新しい泥。
純の目からドッと涙があふれた。
純の旅立ちの日。
それは黒板家族が過ごした日々に
終止符を打つ日。
さまざまな想いが脳裏をよぎり、
走馬燈のように浮かんでは消える。
親と子は平坦な道を辿るばかりではない。
苦難の道もあるが、
それでも思う。
子供は自分が愛されていることを
実感できれば、
多少のすれ違いや
紆余曲折があったにせよ、
誤った道に進むことはないと思う。
このドラマの出演者は
20年を超える仲間であり、
そして家族でもある。
彼らはそうした家族と
ドラマを通じて真摯に向き合ってきた。
人と人との間に通い合う情、
家族への想い。
黒板家族は決して恵まれた家族ではない。
北海道開拓農民の末裔で、
その生き方を今も引き継いでいるような
貧しい暮らしをしている。
手作りの家に
川から水を引き込み、
風力発電で灯りをともすなど、
こんな暮らしが今もあるのかという生活。
それこそたくさんの問題を抱え、
苦労があり、
苦悩があり、
悲しみがあって、
それを乗り越えて生きている。
それはかつて
私たち日本人が送って来た
生活の原風景のように思うのです。
家族を中心に
慎ましくも温かく生きる。
そうした生活の、
そんな家族があり、
その家族を守ってこそ、
生きることの意味を見出すことができる。
そんなものを感じるドラマでした。
ドラマの主人公、
黒板五郎は愚直で不器用。
人の愛し方もうまくできない。
息子・純にとっては、
父の家族に対する想いも、
ときに煩わしいものにしか思えない。
しかしドラマの最後に、
そんな愚直な父が
とてもいとしく切いものに思えてくる。
そして語る。
そうした親父の血が
自分の中にも流れているのだと。
それは厭うべきものではなく、
愛すべきものだと悟る。
人の魅力――。
それには色々ある。
仕事人としての魅力や
私的個人の魅力もあるだろう。
人には人それぞれの生き方があり、
そうした中に
一本の柱で貫かれた、
人としての原点と呼べるものがある。
黒板五郎は愚直で不器用。
それでも彼の生涯は、
一本の柱で貫かれ、
それが魅力にもなっている。
家族への深い愛情があり、
いとしく愛すべき人。
人の心の原点を問い続けた人でした。
北の国からは
20年の歳月にわたり
語り続けられたドラマ。
このドラマを見る全ての人が、
ここで生きる人に同調し
共感するわけではありませんが、
人の魅力――、
そして家族のあり方を真摯に見つめ、
語り継いできたドラマだったと思います。
2018.3.26