長崎旅情

10年以上前になりますが、
藤木直人&菅野美穂の主演で
「愛し君へ」というドラマがありました。
ベーチェット病という難病を抱えて、
やがて失明の運命を辿るというドラマでしたが、
その舞台のひとつが長崎でした。
主人公の母親が住んでいる実家は長崎。
車が通れない狭い急な坂道を、
喘ぐように歩いて昇るシーンがありました。
その風景と同じ坂の上に
友人の実家があります。
以前は我が家の近所に住んでいましたが、
今は長崎の実家に戻りました。
長崎は坂の多い町。
彼の実家も見下ろせば、
眼下に町が広がっている。
友人夫婦とは一緒に旅行に出かけ、
週末は互いの家を行き来して、
酒を酌み交わしていましたが、
あるとき年末を前に、
――正月に長崎に来ないか、と言う。
長女は幼稚園生でした。
長崎は2度ほど行きましたが、
好きな街のひとつ。
旅心をそそられて
彼の車に同乗することにしました。
友人夫婦と車1台で長崎まで片道1500kmの旅。
長崎まで殆んど高速道路でしたが、
それを15時間ほどで走り切りました。
長崎に到着しても、
長崎の住人は観光には興味なし。
小さい頃から見慣れた風景に
旅情をそそるものは何もないのでしょう。
地元だからね・・、と。
そんなわけで
今は世界遺産に登録されたグラバー邸や
大浦天主堂などを子供たちと歩きました。
丘の上のグラバー園は、
外人居留地を背に、
眼下には長崎湾が弧を描いて
寄り添うように街がのびやかに広がっています。
いかにも旅情を誘う風景でした。

グラバー邸
大浦天主堂

長崎の思い出は、
観光よりも食にまつわる思い出があります。

① 長崎ちゃんぽん&かた焼きそば

長崎名物にかた焼きそば(皿うどん)がある。
関東の軟らかい麺ではなく、
大皿に固い焼きそばが山盛りで盛られ、
それをみんなで突っ付きあう。
これが旨い!
食べるほど麺がほどよくしなって味が染み、
舌に馴染んだ柔らかい焼きそばよりも
歯ごたえがあった。
しかも味がいい。
固い焼きそばは小さい頃、
この辺りでも食べていました、
それとはまた違う。
長崎の家主が言うには、
食材選びが大事!とのこと。
家に帰ってから
長崎から箱詰めで送ってもらったことがある。
そして長崎ちゃんぽん。
この麺は長崎中華街が本場で、
此処にも出向いて食しました。

② 正月料理と鯨――

所変われば品変わる。
長崎のおせち料理は大作り。
関東の雑煮は塩味であっさりして、
椀の具にみつばなどが添えられていますが、
長崎は大椀に大作りの食材が盛られて、
いかにも豪快でした。
それ以上に食欲をそそられたのが「鯨」。
食膳には二種類の鯨料理が並んでいましたが、
なんともいえない食感で、
それまで食べたことのない最高の味でした。
食べると病みつきになります。
当時も商業捕鯨は禁止されていましたが、
調査用として僅かに捕獲が許されてるんでしょう。
長崎市民の正月の食膳を飾っていました。
反捕鯨団体が知れば大騒ぎになりそうですが、
こんな旨いものを食べない手はない、
と今でも思うのです。
鯨は絶滅危惧種ではない。
漁獲量を守って捕鯨を再開してほしい。
あの鯨の味が今も恋しい、
と思っています。
彼の家には5日ほどお世話になりました。

長崎の鯨料理

大晦日の夜も深まり、
彼が背中を突っつく。
ちょっと出よう、と言いながら、
大晦日も営業しているスナックで
正月の除夜の鐘を聴き、
翌日は長崎くんちを見物した記憶があります。
長崎では「くんち」と呼ばれる出し物が繰り出す。
中国風の竜を模った出し物を、
大勢の人が上へ下へと担いで練り歩く。
人がそれを取り囲んで、
街は賑やかに正月を迎えるのです。
二度と味わうことのできない、
長崎の正月を愉しむことができました。

長崎くんち

昼はオランダ村を訪ね、
グラバー亭から長崎湾を見下ろし、
大浦天主堂や浦上教会などを見てきました。

彼の姉夫婦に会い、
親戚の家にも出向きました。
彼の姉はバイオリニスト。
オーストリアでバイオリンを学び、
その後は楽団で演奏して、
その傍らで個人レッスンも手掛けている。
姉は子供の頃、
さだまさしと同じ個人教師のもとで、
バイオリンのレッスンを受けていたと言います。
しかし、その当時の佐田を知る彼は、
――サダは嫌いだ!、
――彼は落ちこぼれ!と言います
確かに彼は、
バイオリン奏者としてはモノになりませんでしたが、
ミュージシャンとしては成功した。
ともあれ長崎紀行は、
色々なことを経験しました。

2018.6.25