初めての九州①/方言

初めての九州――
大学のクラスの友人4人で九州へ行った。
我が侭を押し通して、
我が家の車で20日間の旅に出て、
ユースホステルや国民宿舎、
ときにテントに寝泊まりしての
貧乏旅行だった。

自宅を出発して二人の友人を東京で拾い、
同行する大阪の友人宅に寄って、
そこで二泊。
そこから岡山を経由して、
山陰、九州の道を辿る。

その途上の
岡山から中国山地を横断し、
島根に向かう途中の出来事。
あの頃はナビなんてなかった。
馴れない山道で
どこをどう走ったのか迷った。
周りを見ても目印になるものはない。
車を走らせていると
おじいさんが自転車を押して歩いていた。
車を止め窓をあけて道を訊ねた。
――あのぉ、道に迷っちゃったんですけど、
松江はどう行ったらいいんですか?
おじいさんは答えたが、
わからない。
何度も聞き返したが、
やっぱりわからない。
4人で顔を見合わせてしまった。
結局はわからずじまいで、
ありがとうございました、
の言葉を残して走り出した。
後になって、
ここが「亀嵩」辺りと知った。
亀嵩(かめだけ)は、
松本清張の「砂の器」に登場する地名で、
殺人事件の鍵を握る場所。
殺人事件のあった夜、
被害者と容疑者らしき男が
蒲田駅近くのバーで話し、

彼は東北訛りの、
癖のある言葉で「カメダ」と
話していたとの情報を得た。

それに警察は「カメダ」を探せ、
と色めき立った。

しかし東北弁と思われた言葉は、
実は山陰の片田舎「亀嵩」
であることがわかった。

山陰地方の中でもこの辺りは
東北弁に似た訛りがある。
だから僕らが聞いてもわからない。
そうだったんだよなと納得した。

指宿海岸

もうひとつの方言のこと。
指宿の海岸でテントを張ったとき、
海岸に並行するローカル線にSLが走り、

西に目を向ければ開聞岳が聳える。
それを見て、
九州に来たんだなと感動も一入だった。
見慣れない旅行者に
興味をそそられたのだろう。

おじさんが二人、親しげに話しかけてきた。
でも、何を言っているのかわからない。
こちらの話すことはわかっているのに、
話は一方通行で、
みんなで目を白黒させた。
九州にも方言はある。
それでも問題はなかったが、
鹿児島は九州の中でも異質の文化がある。
かつて薩摩藩は外様の大藩で、
他藩の人間を寄せ付けない異郷の地、
聞き取りにくいように
わざわざ分りにくい方言にした、

との話もある。
鹿児島へ向かう道路も、
深い谷を切り裂きループ状の橋を降りて、
長い長いトンネルを通り抜けてきた。
本当に遠いところに来たなと思った。
僕自身も小学生の低学年まで、
地元の小学校に通い、
生粋の地元弁を話していた。
独特の訛りのある方言だったが、
今は意識しても話せないし、
口にしても馴染まない。
独特の方言だけでなく
イントネーションも特別。

中学の先生は、
この土地の方言に染まったら
アナウンサーにはなれないよ、
と話していた。
ところが親類はアナウンサーになった。
奇跡だったのかも・・。
学生時代に友人が訪れたときも、
近所の人が話すのを聴いて、
何を言っているのかさっぱりわからない、
早口で意味不明。
聞き取れないと話していた。
僕らには当たり前に聴こえる方言や、
特有のイントネーションも、
聞きなれればどうってことはないんですが。

蒼井優主演の「フラガール」
という映画が上映され、
それを観たことがある。
舞台は常磐炭鉱のあった炭鉱町で、
フラガール誕生の秘話。
福島の県境辺りが舞台でしたが、
あの方言を蒼井優は見事に
演じきって、
あの顔で、あの方言!と
強烈なインパクトを与えて

そのギャップに驚いたものでした。
青春時代の夢と希望――、
それは色々な場面で出逢いますが、
この映画は時代に左右されながらも
強く逞しく生きる女性を描いていました。

方言は宝という人もいる。
そこには懐かしさと優しさがあり、
それを耳にすれば、
お互いは同朋であり、
同じ価値を共有する仲間になることができる。
石川啄木は上野駅で、
ふるさとの 訛なつかし 停車場の
人ごみの中に そを聴きにゆく

という歌を詠みましたが、
上野駅はかつて東北本線などの終着駅。
人ごみの中に懐かしい響きを探して、
心の慰めにしたのでしょう。
しかし、方言を恥ずかいと思う人もいる。
東京で方言を話せば
田舎者と言われはしないかと思い、
いじめの原因になることも

あるというのですが。

2018.3.7